
「今年もかえってきた」
ホッとしたように家族で言葉を交わす
二階堂川のホタルは、わが家の庭で眺めることのできる
ささやかな楽しみのひとつ
私が幼少だった頃
まだ川べりが竹やぶで
その頃ホタルは盛んに舞っていたという
その後、護岸工事で姿を見せなくなり
私自身は目の前の川にホタルがいたことさえ知らずに育った
社会人になって
久しぶりに家に戻ってみると
二階堂川のホタルが復活をとげており
5月末にもなれば
その姿を眺めるのは家族の当たり前の行事になっていた
多い年は一目百匹以上
ここ2年ほど少し数が少ないような気もする
そんなことに一喜一憂しながら
淡い光を放ち舞い飛ぶホタルをそっと眺める
ホタルを眺めていると
焚火を眺めているときのように
懐かしいような、慈しむような
なんともいえない気持ちになる
今も過去も未来も
この世もあの世も
あらゆる境界線がとけていくような時間
星空を見上げているときより
もっと静かな気持ち
「今年もかえってきたね」
ひとりごとのように父が呟く
「そうね」
音を立てないように雨戸をそっとひいた
来年もかえってきてね